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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9006号 判決 1980年1月16日

破産者三昌機械株式会社破産管財人

原告

山田治男

安宅産業株式会社訴訟承継人

被告

伊藤忠商事株式会社

右代表者

松井彌之助

右訴訟代理人

定塚道雄

外二名

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は原告に対し、二五六三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年一〇月一日以降支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二、三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  主位的請求

(一) 被告は原告に対し、二五六三万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年一〇月一日以降支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言。

2  予備的請求

主文第二、三項と同旨の判決及び仮執行の宣言。

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  主位的請求の原因

(一)(1) 破産者三昌機械株式会社(以下「三昌機械」という。)は、工作機械、産業機械等各種機械の代理販売、製作販売及び輸出入を業とする会社であるが、昭和五二年一〇月三日午後三時東京地方裁判所において破産宣告を受け、同時に原告がその破産管財人に選任された。

(2) 被告は、同年九月末、訴外安宅産業株式会社(以下「安宅産業」という。)を吸収合併し、その権利義務を承継した。

(二) 三昌機械は、同年三月一五日頃、安宅産業との間で、三昌機械(買主)と安宅産業(売主)とが昭和四八年一一月二九日に締結したAVS―4自動造型ライン及びMSG砂処理装置各一式(以下「本件装置一式」という。)の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を合意により解除したが、その際、三昌機械の安宅産業に対する本件売買代金六五四六万九八一六円のうち未払残代金六〇〇万円と安宅産業の三昌機械に対する未履行三一六三万五〇〇〇円(内訳・据付工事代二三八一万円、未納部品代七八二万五〇〇〇円)との差額二五六三万五〇〇〇円を安宅産業が三昌機械に返還する旨の合意をした。

(三) よつて、原告は被告に対し、右合意に基づき二五六三万五〇〇〇円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五二年一〇月以降支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  予備的請求の原因

(一) 主位的請求の原因(一)の事実を引用する。

(二) 三昌機械は、昭和四八年一一月二九日、安宅産業との間で本件売買契約(但し、売買代金六五四六万九八一六円、納期昭和四九年四月三〇日、納入場所旭電機株式会社岐阜工場)を締結した。

(三) 三昌機械は安宅産業に対し、昭和五〇年一一月頃迄に右売買代金のうち五九四六万九八一六円を支払つたが、安宅産業は三昌機械に対し、三一六三万五〇〇〇円相当(内訳・据付工事代二三八一万円、未納部品代七八二万五〇〇〇円)の債務を履行しなかつた。

(四) 三昌機械と安宅産業は、昭和五二年三月一五日頃、本件売買契約を合意により解除した。

(五) 右合意解除により、安宅産業は三昌機械の売買残代金六〇〇万円と安宅産業の未履行額三一六三万五〇〇〇円との差額二五六三万五〇〇〇円を法律上の原因なくして不当に利得し、三昌機械は同額の損失を被つた。

(六) よつて、原告は被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、右二五六三万五〇〇〇円とこれに対する被告が悪意となつた日ののちである昭和五二年一〇月一日以降支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による法定利息の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  主位的請求の原因について

(一) (一)の事実は認める。

(二) (二)の事実のうち、三昌機械と安宅産業とが本件売買契約を合意により解除したことは認める、その余の点は否認する。

2  予備的請求の原因について

(一) (一)の事実は認める。

(二) (二)の事実は認める。

(三) (三)の事実のうち、三昌機械が安宅産業に対し、昭和五〇年一一月頃迄に本件売買代金六五四六万九八一六円のうち五九四六万九八一六円を支払つたことは認める、その余の点は否認する。

(四) (四)の事実は認める。

(五) (五)は争う。

三  抗弁

1  安宅産業は、後記のとおり金融調達のため有限会社石井工機(以下「石井工機」という。)と三昌機械との間に介入したものであるが、石井工機に対し、昭和五〇年一一月頃までに、三昌機械から受領した売買代金五九四六万九八一六円のうち五六二一万円を支払つているから、安宅産業には利得が存在しない。

2  原告は、三昌機械を破産者とする東京地方裁判所昭和五二年(フ)第一九九号破産事件において、債権者旭電機株式会社(以下「旭電機」という。)の三昌機械に対する本件装置一式の売買契約に基づき旭電機から三昌機械に支払われた売買代金六四六七万三一六〇円のうち未履行相当分の過払金返還請求債権二五六三万五〇〇〇円に対し、異議を述べ、旭電機は、これに対し訴えを提起しないから、原告には損失が存在しない。

3  安宅産業は、旭電機、三昌機械及び石井工機との三者間で実質的な商談が成立していたところに、金融調達のため三昌機械と石井工機との間に介入を求められたに過ぎず、しかも、本件装置一式の納入は石井工機から旭電機あるいは三昌機械を経由して行なわれ、安宅産業を経由していない。また、安宅産業は、昭和四九年九月一五日頃、石井工機から納品書及び請求書を受領し、その頃、三昌機械からも物品受領証を受領している。このように、安宅産業は、本件装置一式の納入には全く関与していなかつたのであるから、今更物品等の納入がなかつたなどといつて支払代金の返還を求めることは、禁反言の原則から許されないというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実のうち、安宅産業に利得が存在しないとの点は否認する、その余の点は知らない。

2  同2の事実のうち、原告に損失が存在しないとの点は否認する、その余の点は認める。

3  同3の事実のうち、安宅産業が、旭電機、三昌機械及び石井工機の三者間で実質的な商談が成立していたところに金融調達のため三昌機械と石井工機との間に介入を求められたこと、本件装置一式が石井工機から旭電機に納入され、安宅産業を経由していないこと、安宅産業が、昭和四九年九月一五日頃、三昌機械から物品受領証を受領したことはいずれも認める、安宅産業が、その頃、石井工機から納品書及び請求書を受領したことは知らない、原告の被告に対する本訴請求が禁反言の原則から許されないとの主張は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一主位的請求について

1  主位的請求の原因(一)の事実は全部当事者間に争いがない。

2  そこで、三昌機械と安宅産業との間で原告の主張するような返還の合意が成立したか否かについて検討する。

(一)  三昌機械と安宅産業とが、昭和五二年三月一五日頃、本件売買契約を合意により解除したことは当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

旭電機は、昭和四八年、三昌機械の仲介で本件装置一式をその製造メーカーである石井工機から買入れる交渉を進めていたが、資金的余裕がないため、売買代金全額を手形で支払いたいと考えていたのに対し、石井工機としては、右売買代金をもつて資材の購入を予定していたため、代金の支払が手形でなされることに難色を示し、また、三昌機械も旭電機に資金援助をする余裕がないため、交渉が難行していた。このようなことから、旭電機、石井工機、三昌機械の三者は、その頃、安宅産業に資金援助を要請したところ、安宅産業は、これを承諾し、右援助の方法として、安宅産業が石井工機から本件装置一式を一旦買い受け、これを仲介者である三昌機械に手数料と金利とを上乗せした額を売買金額として売り渡し、更に三昌機械がこれを旭電機に売り渡すという形式をとることになつた。そこで、安宅産業は、同年一二月二九日、石井工機から本件装置一式を代金六二二一万円で買い受け、同日、三昌機械に代金六五四六万九八一六円で売り渡し、更に三昌機械は、同日、旭電機にこれを代金七〇六七万三一六〇円で売り渡した。ところで、本件装置置一式は、石井工機から旭電機の岐阜工場に直接納入されることとなつていたが、旭電機の都合で昭和五二年二月に至るもなお金額にして七八二万五〇〇〇円相当の部品八点が未納となつており、また、二三八一万円相当の据付組立工事がなされていなかつた。しかし、三昌機械は、その頃迄に安宅産業に対し、本件売買代金のうち五九四六万九八一六円を既に支払つており(但し、この点は当事者間に争いがない。)、残代金は六〇〇万円となつていた。ところが、その間の昭和五一年四月に石井工機は倒産し、安宅産業も経営上の失敗から昭和五二年九月末日をもつて被告に吸収合併されることとなつた。このようなことから、安宅産業は、同年三月上旬、三昌機械に対し、本件売買契約を解除したい旨を申入れ、その結果本件売買契約は合意により解除されることとなつたのであるが、三昌機械の代表取締役中田久二は、同年三月中旬頃、取締役副社長福田高由をして当時安宅産業担当課長石津との間で本件売買契約に関する善後策の協議をさせた。福田副社長は、その頃、石津課長と共に旭電機に赴き、三者間で善後策を協議したのであるが、その際、旭電機から前記未納部品代等の未履行分合計額三一六三万五〇〇〇円から売買残代金六〇〇万円を控除した二五六三万五〇〇〇円の返還要求を受け、福田副社長も石津課長に対し、右と同旨の返還要求をした。これに対し石津課長は、善処する旨答えたもののそれ以上の具体的返答をしなかつた。その後、三昌機械は、同年七月頃、安宅産業を相手方として民事調停の申立てをしたが、結局不調となり、福田副社長は、同年八月初旬、当時安宅産業の機械事業部長鈴木康正と面談し、同人に対し過払金があるので返還をして貰いたい旨要求したのであるが、同部長としては、石津課長から三昌機械との間で安宅産業は一切の金銭的負担をしないこととなつた旨の報告を受けていたので、その旨答え、右要求を拒否し、三昌機械と安宅産業との間で今日に至るまで右問題についての決着がついていない。

以上の事実が認められ、右の認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  右認定事実によると、三昌機械と安宅産業との間で本件売買契約は合意により解除されたが、その売買代金の決済関係については未だ未解決の問題として残されていると認められるのであつて、その他に本件証拠によるも、三昌機械と安宅産業との間で原告の主張するような過払金を返還する旨の合意が成立したと認めるに足りる証拠はない。

してみると、原告の被告に対する三昌機械と安宅産業との間で右返還の合意が成立したことを前提とする本訴主位的請求は、理由がないというべきである。

二予備的請求について

予備的請求の原因(一)の事実は、前記のとおり全部当事者間に争いがなく、同(二)の事実、三昌機械が安宅産業に対し、昭和五〇年一一月頃迄に売買代金のうち五九四六万九八一六円を支払つたこと及び同(四)の事実はいずれも当事者間に争いがない。そうして、同(三)の事実のうち、安宅産業が三昌機械に対し、本件売買契約上の債務として三一六三万五〇〇〇円相当(内訳未納部品代七八二万五〇〇〇円、据付組立工事代二三八一万円)を納入していないことは先に認定したとおりである。

してみると、本件売買契約が合意解除された以上、特段の事情のない限り、被告は、法律上の原因なくして、右未納相当分三一六三万五〇〇〇円と本件売買残代金六〇〇万円との差額二五六三万五〇〇〇円に相当する利益を受け、原告に同額の損害を被らせており、右利益は現存しているものと認めなければならない。

したがつて、被告は原告に対し、右金員及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかな昭和五二年一〇月一日以降支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払義務があるというべきである。

三そこで、抗弁について検討する。

1  抗弁1について

<証拠>を総合すると、安宅産業が、昭和五〇年一一月頃迄の間に、石井工機との間で締結した本件装置一式の売買の代金六二二一万円のうち五六二一万円を石井工機に支払つたことを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、安宅産業は、先に認定したところによれば、金融仲介という立場で石井工機から本件装置一式を六二二一万円で買い受け、これを三昌機械に六五四六万九八一六円で売り渡したものであるが、石井工機に対する右売買代金の支払は、石井工機との間における買主としての債務の履行としてなされたものであつて、この支払に三昌機械から受取つた売買代金を充てたからといつて、これをもつて安宅産業に利得がなく、利益が現存しないと解することはできない。

従つて、この点に関する被告の主張は理由がない。

2  抗弁2について

抗弁2の事実のうち、原告に損失が存したか否かの点を除き、その余の点は全部当事者間に争いがない。

しかし、先に認定したところによれば、本件装置一式についての三昌機械と旭電機との売買契約と三昌機械と安宅産業との売買契約とはそれぞれ別個独立のものであり、その決済関係についても法律上直接の因果関係がないといわなければならないから、右争いのない事実を前提としても、原告に損失が存しないと解することはできない。

従つて、この点に関する被告の主張は理由がない。

3  抗弁3について

安宅産業が、旭電機、三昌機械及び石井工機の三者間で実質的商談が成立していたところに、金融調達のため、三昌機械と石井工機との間に介入を求められたこと、本件装置一式が、石井工機から旭電機に直接納入され、安宅産業がその授受に直接関与していないこと、安宅産業が、昭和四九年九月一五日頃、三晶機械から物品受領証を受領したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、安宅産業が、昭和四九年九月一五日頃、石井工機から同日付本件装置一式を全て納品した旨の納品書(乙第三号証)と同日付請求書(乙第四号証)を受領したこと、本件装置一式が、伝票上の処理として、石井工機から安宅産業に、安宅産業から三昌機械に、三昌機械から旭電機に順次納品されたこととなつていることを認めることができ、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、安宅産業は、本件装置一式の授受に直接携わつていないけれども、伝票処理のうえでこれを三昌機械に引渡したこととなつており、安宅産業がこれの授受に直接携わつていないのは単に取引上の便宜によるものに過ぎないということができ、これに未納品があつた場合、売主としてのその責を負うのは当然であるといわなければならない。このことは、安宅産業が右取引関係に金融仲介という立場で関与したこと、三昌機械が安宅産業に物品受領証を差入れたことを考慮に入れても結論を異にするものではないというべきである。

従つて、被告のこの点に関する主張は理由がない。

四よつて、原告の被告に対する本訴主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(井田友吉 林豊 三代川俊一郎)

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